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| 「ワガハイハ火星人デアル」 - 地球文明批評 スタック・スラム わが輩は火星人である。 わが輩、いや全火星人が最も尊敬する地球人は、申すまでもなく、かのパーシバル・ローエル卿である。わが火星では、「サー」を付けて呼ぶ。それくらいにローエル卿は火星では尊敬を集めている。なにしろ、太陽系の辺境の地、地球に住む無知な人間にわが存在を最初に知らせてくれた大恩人である。 ローエル卿のご生誕の地、アメリカ合衆国で地球暦一九二四年に発行された地球でもっとも権威ある辞書、 Webster’s New International Dictionary of the English Language の「Mars」の項には地理的なことを述べた後に、次のように、わが火星人について書かれているのには、我が輩も感激したものである。 …As the Martian spring aproaches,a network of straight,threadlike marking,popularly called canals,begins to develop in the planet’s surface.No astronomer regards them as filled with water;some think they are volcanic or other surface cracks,borderd by a straggling vegatation and so made visible; others regard the vegatation,periodically renewed,as evidencing extended irrigation,and ,therefore,the presence of intelligent beings. presence of intelligent beingsという表現は、ややあいまいではあるが、火星では、わが火星人を指したものとして、今も高く評価されている。言うまでもないことであるが、もちろん、この記述にはローエル卿の、火星表面に見えるカナルと呼ばれる細線状のものは灌漑用の運河であるとする説を発表されたご著書「Mars」(火星、1895年)、あるいは「Mars as the Abode of Life」(生命の居住地としての火星、1908年)のご研究が強く反映されている。 以来、私は、地球から持ち帰った当時のこのウェブスターの辞書(一九二五年発行)を地球に関する知識の源にしていろいろ地球を観察して今日に至っている。もう、今ではうす黄色い表紙もだいぶボロボロになってしまっているが、火星から地球を観察する時にはなくてはならない座右の書になっている。 ところで、ローエル卿はわれわれ火星人についての研究で有名であるが、聞くところによると、火星のご研究の前には、日本についての研究をそれはそれは熱心にしておいでになる。研究するだけなく、日本という国をこよなく愛されていたと聞いている。 さきほどのローエル卿の二冊の火星に関するご著書をものにされた当時、日本には夏目漱石先生という小説家が活躍しておられた記憶する。この方も、ローエル卿と同じように理系、文系に通じていた人である。日本語に堪能なローエル卿も漱石の小説をたしなまれたという。とりわけ、卿は「我が輩は猫である」という漱石先生の小説を好まれたようだ。我が輩も、この小説を取り寄せてかつて読んでみたことがある。分厚い革装手帳のような本で、奥付を見ると明治四十四年発行とある。ネコが当時の日本について文明批評しているのだが、われわれ火星人が読んでもなかなかおもしろい。 おもしろがっているだけでなく、我が輩もわが尊敬する夏目漱石先生のひそみにならって、地球文明批評をしたくなってきたのである。 そこで、日本にローエル卿の協会をつくろう、という時期に当たって、その協会からの依頼により、ここに地球批評のコラムを載せるにあたり、そのタイトルを 「ワガハイハ火星人デアル」 とさせてもらった。協会が正式に発足することを願ってもものであり、ご了承願いたい。名前はまだない、と言いたいところだが、ペンネームなら スタック・スラム というりっぱな名前があることを告げておきたい。この名前の由来については、これから、おいおい、お分かりいただけるであろうと思う。 ローエル卿がお住まいであった地球について、あれやこれやと高いところから話をするに当たっては、当然のことであるが、わが輩自身についてまず少し話しておくことが、漱石先生の御国、日本の古来からの伝統、いや礼儀というものであろう。 実を申すと、わが輩は、地球時間で言って毎年一回、地球を訪れている。したがって、地球で起きることの大抵は知っておるつもりである。地球には仕事で行っているのだが、行くことの楽しみの一つは、映画なるものをついでに見ることである。そんな折り、見たもので傑作だったのは 「M.I.B.」 なるタイトルの映画である。このタイトルをメン・イン・ブラックと地球人は呼んでいたが、あれは確か、地球暦1997の年末に忙しい仕事を終えて、そろそろ火星に帰ろうかという時、ふらりと入った日本の映画館でみたのだ。いやはや、驚いたのなんのって、それはもうびっくりしたものである。 地球人の方々でも見ていない御仁がおいでのようだが、手短に言えば、地球にはすでに宇宙人は沢山いるという話なのである。その宇宙人はみんなそれぞれの星からの亡命者で、みんな地球人に姿を変えている。が、ときどき、もともとの姿に戻る。それがなんともユーモアがあって面白い。スクリーンにわが火星人もちらりと登場して、あやうく、 「おー」 と歓声を上げそうになったのである。それくらいよくできた映画だった。わが同胞は慣れぬ地球の生活を地球人そっくりに姿を変えて、なんとか暮していた。そしてときどき、もともとの姿に戻っていたようだ。 そんな話をすると、地球の方々は、きっと、丸坊主のタコのような八本足の火星人を思い出すやも知れぬ。が、わが火星でも、よく問題になるのだが、それは誤解である。この誤解を解くために、私も一役買おうと、毎年地球に出向いているわけであるが、地球人はなかなかわが火星人の存在を信じてもらえないのである。 私たちは、なぜか、邪悪な姿として、米国の印象の中に深く刻みつけられているようだ。これについては、微塵もローエル卿の責任ではありますまい。そんなイメージができたのは、卿がお亡くなりになって二十年以上たった地球暦一九三八年十月三十日の、ローエル卿の米国で放送されたラジオドラマの責任であるとの意見では全火星人が一致しておる。この日の午後八時、米国のCBSラジオ放送が突然、その時放送されていた番組を中断して、臨時ニュースを流したのである。 わが火星でも、このときの放送が傍受され、歴史的史料として永久保存されている。それを見てみると、こんなふうだったようだ。 「ついさきごろ、ニュージャージー州プリンストン市の郊外に、光る物体が降下しました。物体は直径三十?です」 という出だしなのである。まずいのは、この後で、この放送をした極悪人、オーソン・ウェルズなる若造俳優が、よりによってこんな風に火星人を表現したのである。 「…あっ、何か動くものが、光る物体から出てきました。あっ、何か動くものが、中から出てきました。大きな体は、ぬれた感じで、光っています。目はヘビのように鋭く、光っています。あっ、毒ガス攻撃です。あたりにはもう犠牲者が出ています」 実況中継があまりに迫真的だったものだから、実況中継と言っても、テレビのない時代であったものだから余計に、ニューヨークを中心に百万人ぐらいの米国民がてっきり火星人が攻めてきたと信じたらしい。信じただけでなく、避難を始める騒ぎにまでなった。当時のわが火星からの観測でも、「これはドラマです」という別の冷静なアナウンスが流されていたことが確認されている。それも何度か、確認されただけでも四回もなされていたことが研究者によって明らかにされている。 しかし、ニューヨークの夜の教会はパニックに陥っている。道路という道路は車と車の衝突で大混乱になった様子も見えたものである。聞くところによると、地球防衛軍なるものに義勇軍として参加したいと馳せ参じたあわて者までいたそうだ。 以来、わが火星世界連邦では、この悪い火星人のイメージを何とか払拭したいとの目的で、さまざまな働きかけを地球にいたしておる。 そのかいあってか、火星人は、第二次大戦後からはどの国の地球人にも随分親しまれるようになった。ただ、わが火星人は、地球に行く時は、いたずらに刺激をしてはいけないということで、少しばかり姿を変えておる。 そう、地球人は、わが火星人のことを…、いや、いや、匿名コラム子としては、少し自分のことをしゃべりすぎたようだ。賢明なる地球人なら、きっと私の地球での正体もぼんやりとおわかりいただけたかもしれない。なに、知らなくても、賢明なる地球人のことである、このコラムが進むに連れて、おいおい分かってくるであろう。それもまた、一興であると信じておる。 つづく |
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