## 巻頭論文
シベリアのローエル、G.A.Tikhov(1875−1960)の生涯
横尾広光(杏林大)
アメリカでのローエルの火星運河観測に続いて、ソ連で火星植物を研究した天文学者にG・A・チホフ(1875−1960)がいる。ローエルの火星人論と現代の電波天文学によるSETIをつなぐ時代の天文学者である。
彼は、戦後、カザフスタンの首都、アルマアタで地球外生物学を創始し、その研究所をつくった。写真技術とフィルター技術を組み合わせて、色を調べるのが彼の特技であった。ある人は、彼のことを「シベリアのローエル」という。
チホフは1897年にモスクワ大学を卒業し、フランスに留学(1898−1900)してムードン天文台でジャンセンの指導を受けた。1899年11月15日の流星雨を気球に乗って観測してもいる。帰国後、ブルコボ天文台員となり、ゼラチンフィルターと整色フィルターを使って観測につとめた。第一次大戦に従軍して、その技術を航空写真に適用している。1927年に科学アカデミー通信会員になり、1935年に学位を取得している。
第二次大戦後には、カザフ科学アカデミーがつくられると、1947年にその天体植物学部門の責任者になった。チホフの火星観測はブルコボ天文台の30インチ望遠鏡による写真観測であり、火星と地球の対応する部分の分光測光学的な特性を比較するというものである。火星に似た極寒、極端条件でのコケなどの植物を調べるため、高山や北極圏に十五回の遠征をしている。
文献
チーホフ(堀秀道訳) 「宇宙にも生命は存在する」 チーホフ自伝 学研、1964。G.A.Tikhov Is Life possible on other Planets? JBAA Vol.65,193(1955)
など。
## 研究紹介
パーシバル・ローエルの「オカルト・ジャパン」について(第2報)
平岡厚(杏林大学保健学部)
ローエル著「オカルト・ジャパン」の日本語訳についての続報である(英文)
−現在の御岳巡礼者の様子(1997年5月)を写した写真付。
## 記事紹介
# Oliver Wendell Holmes
ボストン派詩人で、P・ローエルの作詩の先生と言われている人物 −Sky&Telescope June 1999 53 # 歴史の証人しのぶ 天文学者・ローエル 顕彰碑に献花 穴水町
1998年5月10日付「北中」
## 関連図書
# 久我なつみ
「フェノロサと魔女の町」 第五回蓮如賞受賞作
河出書房新社 1600円 彼はなぜ故郷を追放されたのか。
日本近代美術に大きな影響を与えたE・フェノロサの出生地は、アメリカで唯一、魔女裁判が行われた土地だった。霧につつまれたニューイングランドの港町、セーラム。
(同書のカバーから転載)
# 山口静一
「フェノロサ」 三省堂 日本文化の宣揚に捧げた一生
## 論説紹介
ローエル協会
紀行から百十年、設立の機熟す
北陸ともゆかりの深いパーシバル・ローエル氏を広く学際的に研究し紹介しようという日本ローエル協会の設立準備が杏林大講師、横尾広光氏を中心に進んでいるが、私たちも積極的に設立に参加したい。ローエル氏は、火星の研究や太陽系で最も外側にある冥王星の存在を理論的に予測し実際に発見されたことで知られる世界的な天文学者である。同時に、明治中期の能登半島紀行「NOTO」などの著書で知られるアメリカの旅行家であり日本研究家でもある。あまり知られていないが「極東の魂」などの比較文化論的な著書も多い。これらは米国の日本文学研究の第一人者のドナルド・キーン氏が西欧の日本人像の一つのモデルとなったと指摘しているものだ。
こうした業績の個々の研究はこれまでそれなりに進んでいるが、理系、文系にこだわらない同氏の全体像を浮かび上がらせるまでには至っていない。能登と火星がどう結びつくのか、いぶかる人もいようが、ローエル氏にしてみればいずれも「見知らぬ土地」へのあくなき探究心の表れだ。こうしたスケールの大きい探究心の全体像の解明は、今の変革期の人づくりにも大いに参考になる。ローエル氏が能登を訪れて今年で百十年になる。立ち上げる協会の形態や運営のあり方など詰めの努力を関係者に求めたい。
協会の設立の機は昨年あたりから急速に熟しつつある。最近、米カラマズー大のD・シュトラウス歴史学教授が能登での取材も加えて本格的なローエル氏の評伝を書き上げ今年中には出版する見通しだ。その翻訳作業も国際基督教大で始まろうとしているが、全体像に迫るためにはやはり日本側からの支援も必要だ。
北陸でも昨年十一月、石川県国際交流協会主催で「NOTO」の翻訳家、宮崎正明氏がローエル氏の能登紀行について講演したが、その写真展とともに盛況だった。能登・穴水町でも研究家を中心に毎年ローエル祭が開かれて好評である。
今年の秋には日本の火星無人探査機「のぞみ」が火星に到着する。アメリカも昨年に引き続き生命探しの探査機を打ち上げる。これを好機ととらえ、県民の関心と支援を広く呼びかけたい。 (1999年1月12日付北國新聞 社説から)