巻頭言 今、なぜ「ローエル」なのか

                    2001年7月7日
                    名誉会長 宮崎正明(金沢市在住)

 私がパーシヴァル・ローエルの著書「NOTO−人に知られぬ日本の辺境」の
原本を知ったのは、昭和三十七、八年頃である。当時勤めていたアメリカ国務省
経営の金沢アメリカ文化センターの蔵書の中に、「Ferris Greenslet : The
Lowells And Their Seven
Worlds」があり、そこにはローエルが能登半島を旅して旅行記を書いていること
が書かれていた。しかし、その原本はなかなか見つからなかったが、昭和四十二
年、ニューヨーク市の古書店で初版本を見つけたときのうれしさは今も忘れな
い。

 第一級の日本研究家
 思いつめて手に入れたこの本を良心的に日本語に翻訳しようと思い立ち、参考
文献の渉猟、ローエルの歩いた地域への取材旅行と調査に十年余りをかけて、よ
うやく昭和五十四年に出版にこぎ着けた。出版までの歳月は、まさにローエルと
ともに能登旅行に参加した思いであった。
 私がローエルに寄せる最大の興味は、彼が単なる天文学者であるにとどまら
ず、変革期の真っ只中にあった明治中期における第一級のジャパノロジスト(日
本研究家)であった点である。四度にわたる来日を通して日本および極東に関す
る著書やレポートを書いて変革期の日本を世界に紹介し、日本の近代化に大きな
貢献をしたのである。にもかかわらず、自費で来日したせいからか、当時のお雇
い外国人の研究に比べて近代化に大きく貢献した彼の業績が必ずしも正当に評価
されてこなかったのは大変に残念である。
 そんな折、新千年紀の最初の年に、ローエルが日本で果たした歴史的な役割、
あるいは海外で果たした役割について国際的、学際的な視野に立って研究しよう
と、内外のさまざまな分野の人々が力を合わせて日本ローエル協会が設立された
ことは、四十年近くローエル研究に携わってきた者にとって、まことにうれしい
限りである。ローエル研究は、日本は世界からどう見られていたかという翻訳の
時代から、現代日本は海外に何を訴えることができるかという新たな段階に入っ
たと感じている。

 新しい地球文明観に向けて
 二十一世紀は、環境問題などかつてない危機に立つ地球文明がその生存を確か
なものにできるかどうか、私たちの英知のほどがためされる時代である。百年前
のローエルの時代と同様に、最近では、火星など地球外生命に関心が高まってい
る。新しい地球文明観を確立するには、ローエルがそうであったように、地球外
という観点から英知を集めることも必要ではないか。理系にも文系にも通じてい
た国際人、ローエルの全体像の解明は、危機に立つ地球文明や、閉塞感のただよ
う現代日本の在り方に新たな指針を提供できると信じている。